積み木崩しのような人生も…。

こんばんは。

いざないみことです。

私は、今まで積み木崩しのような人生でした。家庭内暴力というか言葉の暴力ですね。

親は放任主義で、構ってもらいたかった事は今まであまりなかったですが、自由奔放に育てられたという感じです。

何が積み木崩しかと言いますと、それまで、反抗期のなかった子供だったのですが、病気になった途端それが顕著に出るようになりました。

「親のせいだ!!」

と何度思ったことでしょう。

思うばかりでなく、何度も親を攻撃的な言葉で苦しめました。

物ばかりで済ませて、私には愛というモノを与えられた感覚と言うものがありませんでした。

愛ってなんだろう?

親も愛を知らなかったのでどうやって与えたら良かったのかわからなかったらしいです。

それをずっと探していました。

ずっと、思っていてもやはりそこには愛はなかった。

いつもいつもそうでした。

親には本当に申し訳ない事をしたなと今は思えるのですが、その当時は思えなかったです。どんなに助けてくれてもそれを愛と感じる事はなかったのです。私の感覚が麻痺していたのです。

今は、遊ぶ物を買うのだって苦労するのにそれを買ってくれて、一人で遊んでいたのがまた良かったのかもしれません。親は、私の下手なエレクトーンの練習も耐えてくれました。完成した時は、聞いてくれました。誉め言葉の一つもなくて寂しかったという記憶はなかったです。感謝しています。

姉に、ドラクエのエンディングを練習して弾けるようになったところを見せたら、「好きなたけでここまで弾けるようになったんだね」そう言ってくれました。それは、嬉しかったです。

フルートも前にもブログに書いたかもしれませんが、高校生の時はやめたくて仕方がなかったので、本当いやいや練習してました。先輩言われて12音階覚えて死ぬほど苦労しました。その頃は絵を描いてる暇がなかったので、本当に苦しかったです。

高校生の時もうすでに統合失調症の始まりだったのかもしれません、絵が描けなかったのです。スランプかな?と思っていました。

就職して、ちょこちょこ描いていましたが、それが、病気になった時全てを失った気持ちになりました。

なにも出来ない。

死ぬことも出来ないし、ただ生かされる毎日で、生き地獄というのはこのことを言うのかという体験をしました。

病気が少し良くなっては、悪くなっての繰り返しでした。

神様は、私に何をお求めなのだろうか?

こんな私に。

そんな気持ちでした。

生きているくらいなら、死んだ方がマシだと、「神様殺してください。」と何度思ったことでしょう。

今は、神様は当たり前のように太陽を平等にお与えになって、私たちに必要な物や事を良くご存じでいらっしゃると思えるようになりました。

それは、人は試練と呼ぶか希望と呼ぶかで大分違ってきます。

私は、天災は停電しか経験したことがないのですが、それでも日本の便利さを痛感しました、恵まれているんだなと。

生きているのに必死な国もあるのに私は愛が足りないと言って叫んでいた。恥ずかしいお話ですよね。

私にとって希望を抱いてやっていることって、周りからしたらバカなんじゃないの?と思う事かもしれません。いくらバカと言われても私にとっては希望なのだから、それを信じていくしかない。

世間は笑うかもしれないけど、私は私の味方になってくれる人を信じる。

水樹奈々さんの曲に、飽きれる程信じ抜いて無様に笑いたいというフレーズがあるのですが、そんな感じです。

信じて信じて信じた結果、別に道が開ける事もある。

私にアドバイスしてくれる方の助言も無為に出来ない。それは、その時必要なことだと思うから。

事が中々進まない時は、何か意味があって進まないのであろう。

周りに逆らい逆らい生きて来たけれど、ちょっとは、前に向けたかな?とこの頃思う。

そんな私の作品ですが、障がい者アートにて見て頂けたらうれしく思います。

そんな中、アブダビ展でお世話になったクオリア―ト様からフランスに絵を出しませんか?と言うお話を頂けました。レオナルド・ダヴィンチとコラボレーションしてくださいとのことでした。私はわくわくしてしまい即決してしまいましたが、家族が反対しました。

という訳で、次の日お断りのお電話を入れさせて頂きましたが、とても親切な対応に深々と感謝するのみでした。

このような、私でも生きている事に感謝出来るようになりました。

死ぬ勇気もなく、ただ生きているという毎日。だらだらと、愚痴を言う毎日。そんな私が、少しずつ周りの助言などを聞くようになって、精神科の先生も辛抱してくれて、少しずつ成長するのを待っていて下さって本当に私はありがたかったと思えるようになりました。

病気の特性上なのかADHDの特性上なのか、糸が切れた凧状態になってしまうので今支援が入ってくれています。今まで見捨てないでいて下さった方に感謝、感謝です。

私も時には、ネガティブになることもありますが、なんとか乗り越えていきたいと思います。

まだ完成かちょっとわかりませんが、この絵を見て頂きたいなと思います。

『木蓮』

 

いざないみこと。

 

最後までお読み頂きありがとうございました。