普通である事の勇気をお互い持っているだろうか?

普通である事の勇気をお互い持っているだろうか?

普通である事の勇気をお互い持っているだろうか?

ありのままを表現している人は、アドラーは勇気のある人と解釈しているのでしょうか?

「特別な才能があれば」「学歴があれば」「容姿が良ければ」受け入れてもらえる「特別」な自分をみんなが受け入れてくれると信じている。

これは、実際そのような人が多いのではないでしょうか?

私で言ったら、Abu Dhabiに絵を出したとかパークホテル東京に絵を出したとかだろうか?

アドラーの言葉は、

勇気のない人は「特別」であろうとする。勇気のある人は「普通」であろうとする。「普通である勇気」を持っているからだ。             アルフレッド・アドラー一瞬で自分が変わる100の言葉より

実際に結果が出なかったらこの絵の業界は、価値のない絵となってしまいます。

どんなに絵を描くまでの経緯があったとしても、

自分にとってすごく楽しい気分で描いた絵すら評価されなければ何も意味のないものと扱われる。

とても残酷な世の中です。

逆に普通であったなら駄目な業界だと思うので、

もうちょっとありのままの自分でいる事を辞めた方が良いのか、どうなのか?

劣等感はあれど、人生諦めている所があって、

好きな事で生きて生きたいと頑張ってみたものの、

自分には覚悟が足りて無かったと発覚し、

逃げて逃げていたなと思っていました。

一見、立ち向かっているように見えるけれど、そうではなく逃げていました。

劣等感の劣等感で勇気すらもない普通にもなれない中途半端な状態です。

自分を知る為に始めた心理学でしたが、こんなにもダメージが来るとは思いませんでした。

自分を変える為には自分を知る事。

知ったなら、改善する事。

自己探求は大体みんな好きじゃないですよね。

面倒だし、好きな事やってみんなと同じ事をやって生きて生きたいと思いますよね。

それは、それでいいと思います。人生1度きりだもの選択するのは自分自身。私は、自分が本当に知りたくて色々試しました。心理学はなんか難しそうだな…。と手は出していませんでしたが、

デコボコの私。

落ち込む必要はないです。普通ではないのだから。

返事をする時に、

「はい、でも…」と言うのを辞めようかなと思います。

口癖って恐ろしい。

言霊って言いますからね。

そこから直していかないとね。

では、またブログでお会いしましょう。

こちらもよろしくね♥

 

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